くつろぎの町角本屋さん

ずーっと昔からあの角にある、決して広くはない古びた本屋さん。でも何だか温かいその雰囲気。わたしのお気に入り。

ふと思いついた、くすっとくるような小話をあなたもSS投稿で発表してみてはいかがですか?

ぼーっとしている時に起こりがちなこと

Posted By on 2015年6月25日

どこかに移動する時、その手段が徒歩であれ乗用車であれ、ぼーっとしているとついつい行き慣れている方向へと身体が勝手に舵を切ってしまう、ということが、私にはよくあります。例えば車で移動している時、今晩の夕飯はどうしよう、だとか、そういえばあの作家さんの小説の新刊そろそろだな、なんて考えていると、目的地とは違う場所、例えばいつものスーパーだとか、書店に行く道だとかへとハンドルを切ってしまっているんです。
助手席に座っている人とのんびりおしゃべりをしていて、意識がそちらへと多めに割り振られている時にも起こります。目や耳はしっかり安全確認しているのですが、なぜかその時には間違った道だとは思わないんですよね……。そしていざアクションを起こした瞬間に「あっ」となるという。
笑ってしまったのが、遠方に住んでいる友人といっしょに電気街へ向かおうとした時です。2人でしっかり駅名や店の名前などを出しておしゃべりしていたのに、気付くと向かっていたのは反対方向への電車が出るホームでした。そこはお互いに何かと利用機会の多いホームで、2人で長いエスカレーターに乗っている最中に気付いた際には、降りるなりUターンして下りのそれに乗りました。私の周囲にはなかなかそういう人がいなかったので、ちょっと安心してしまった次第です。

友人との仲直り

Posted By on 2015年6月9日

1年以上会っていなかった友人から連絡がありました。付き合いを絶っていたわけではないのですが、何となく、徐々に気まずくなってそれっきり……といった感じでした。連絡があったのはスマホで、私が屋外にいる時でした。ディスプレイに映った彼女の名前を見た時、一瞬戸惑いを覚えました。一体どんな声を出して応対すれば良いのか分からなかったからです。とりあえずその場では取らずに、静かで落ち着ける場所に移動してから、改めて掛け直しました。
彼女の声のトーンは、最後に会った時とほとんど変わっていませんでした。お互いの近況などをぽつぽつと話し、久々にお茶でもどうか、という話になりました。昔は小説や映画等、趣味を同じくする仲間として親しくしてもらっていた人でしたから、このまま物別れに終わっても後悔するかと思い、承知しました。
後日、よく2人でお茶をした駅ナカの喫茶店で彼女と会いました。彼女はとても元気そうで、私も昔通りとはいかないまでも、親しく話をさせてもらいました。別れ際、彼女は私に連絡を取った理由を明かしてくれました。「このまま終わりたくなかった」そうです。実際、何かケンカをしたというわけではありませんでしたから、これからまた仲を深めていけたら……と思っています。

捨てられないなら買い取ってもらおう!

Posted By on 2015年5月26日

いらないものが家に多すぎて困ります。捨てられない性分って損ですね(笑)気に入っていたのに着なくなってしまったワンピース、えりまわりが伸びてしまったTシャツ、着古してぼろぼろになってしまった下着、一目ぼれして衝動買いしてみたものの子供用だったから履くことさえ出来なかった靴下…衣類関係でもゴミ袋3つでも収まらないほどたくさんあります。もういらないものなのに、どうしても捨てることができないんですよね。
他にもテフロンが傷ついて使い物にならなくなってしまったホットプレート、もらったものの使わなかったワッフルメーカーなんかの調理家電、何かのときにもらったお皿やマグカップ何かの食器、一番多いのは本でしょうか。もちろん欲しくて買ったものばかりなのですが、一度読んで満足してしまう作品がたくさん手元にあるのも事実です。
とはいえほぼ新品といえるようなものも多いので捨てるのはもったいない。と言うわけで古本屋さんや古着屋さん、リサイクルショップをめぐって買い取ってもらえるものは買い取ってもらってきました。ちょっとした臨時収入くらいのお金になったのでびっくり(笑)部屋の中も本棚もスッキリして、ちょっとさみしいくらいです。

私なりの追悼

Posted By on 2015年5月10日

昔から大好きだった作品があります。独特の世界観や、キャラクター性、コアなファンも多く、最初の作品の発表から何年も経っているのに未だに考察を討論するコアなファンも多いです。私はそこまでではないものの、何度も読み返したり、映像化された作品を見直したりするくらいでしょうか。新作が発表されるタイミングもばらばらですからネットの情報はこまめにチェックするようにしていますけどね。
でも、そんな情報の中にショッキングな情報が一つありました。それは、映像化されたときに主題歌を担当した歌手が若くして病魔に負けたというニュース。数年前から闘病していることは知っていたのですが、ついに旅立ってしまったようです。透き通った声という表現がぴったりな人で、その作品の事を抜きにしてもとても大好きな人だったのでとてもショックでした。
追悼の意味もこめて、作品を最初から読み返すことにしました。関連作品や同じ作家さんの枝分かれしたシリーズとかも含めたらかなりの量になるので、しばらくは退屈しないで済みそうです(笑)もちろん、映像作品もまた最初から見直します。こんなことが追悼になるのかと笑われるかもしれませんが、私なりの追悼なんです。

滅多に見られない美術品

Posted By on 2015年4月25日

個人蔵の、とても著名な美術品が十数年ぶりに展示されているというので、自宅からはかなり遠いところにある美術館に泊まりがけで行ってきました。そういうのって、次はいつ見られるかわかりませんから、この機会を逃すわけにはいきませんでした。
さて行ってみると、駅周辺はとても静かで落ち着いた町という印象だったのですが、美術館に着いてみると人で溢れかえっていました。目玉となっているそれの写真が大判のタペストリーとなって大々的に貼り出され、入場者数○万人突破!という張り紙もしてありました。展示室に入ると、その美術品を見るためだけの列がずらりと形成されているほど。とりあえず他の展示品を鑑賞してから並びました。
待つこと数十分。ついに目の前に、あのあこがれのアレが!とても興奮しました。時代小説や歴史小説などで有名な武具です。写真で見てディテールは知っていたのですが、肉眼で得られる情報量は、とてもとても、写真ではおっつかないものでした。研ぎ澄まされて、美しく、静謐で、凄みがあって……ああもう、何を言っても陳腐になってしまいます。それくらい美しく、迫力のあるものだったのです。機会があればもう一度目にしてみたいです。

ケンカの後に

Posted By on 2015年4月9日

心が弱っている時は、人の何気ない一言がグッサリと突き刺さることがありますね。先日、それで長年の友人とケンカになってしまいました。ちょうど仕事でミスが重なっていた時期で、友人はそんな私を慰めようとしてくれていたのですが、その時冗談で言ってくれた軽い一言が、その時の私には皮肉のように聞こえたのですね。電話口で大泣きしてしまい、お互いに罵り合った末に電話を切るという最悪の事態に陥ってしまいました。
それから2週間は連絡を取っていなかったと思います。すっかり彼女への悪感情で凝り固まってしまい、自分からは絶対に連絡しないようにしていました。でも、時間薬とはよく言ったもので、だんだん気持ちが落ち着いてくると、自分のしたことがわかってきたのですね。
仲直りしたい。こんなことで絶交なんてことにしたくない。そう強く思いました。そして、どうしても仲直りしたいなら、ちっぽけなプライドなど捨てるべき、とも。勇気を出して自分から連絡してみると、思っていたより気まずくならずに、落ち着いて話をすることができました。
あの時の罵り合いは、お互いの欠点を客観視するのに大変役立っていたことも、その時知りました。そしてそんなことが可能だったのは、やはり長年の信頼関係があったからだということも。
たどたどしいながらもいつものように小説や映画の話などをして、今ではかつてのような仲良しに戻っています。本当にありがたいことです。

屋根裏の物音の正体は

Posted By on 2015年3月25日

ある日を境に、ふと気が付くと、屋根裏を誰かが徘徊しているかのような物音が聞こえてくるようになりました。某小説でもあるまいし、うちの屋根裏の散歩なんかしてる人がいるわけない――つまり人ではない――と思考が飛躍してしまって、ちょっと怖かったことがあります。特に夜寝る時。就寝前の読書を終えて、さあ寝ようか、という時に聞こえてくる、ギシッ、ギシッ、というある一定の間隔で踏み込みながら近づいてくるような音。いろいろと想像力が刺激されてしまって、眠れなかった日もあったほどです。
実際は、うちの家に使われている木材が、吸収湿時に伸び縮みして生じる音、だったと思うのですが。今でもたまに聞こえます。でももう慣れっこになってしまいました。実は名前を付けてたまに心の中で呼びかけています(笑)。
これと似たような話で、屋根裏をネズミが走り回っているのでは、と感じたことがあります。トタトタトタ、と小動物の足音そのものの音が聞こえてくるのです。家族にも相談しましたが、その割に食べ物が食べられているということもないし、ネズミ穴も発見できませんでした。
いったいうちはどうなってるんだ、と頭を悩ませていたある日のこと。庭の手入れをしていて、ふと屋根を見上げると、数羽の雀がぴょんぴょんと跳ねながら歩き回っていました。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。思っていたよりずっとかわいい訪問者でほっとした次第です。

ふとした瞬間の記憶

Posted By on 2015年3月10日

何気ない日常生活の中、ふと「あ、しおりを挟んじゃったな」と思うことがあります。この一文だけだと何が何やらですね。例えばこんなことです。夜の道路を車で走っていて、車のライトが綺麗に連なっている光景に出くわします。町の明かりとも引き立てあって、とても綺麗です。でも、うっとりと見とれていたらいけませんので、ほんの一瞬しかその光景を目に焼き付けられません。だからこそ印象が深くなる――ということがあります。
こういったほんのわずかな間に、妙に心に刻み込まれる何か。その瞬間、何となく「刻み込まれた」ことがわかるので、その感覚のことを「しおりを挟んだ」と呼称しています。ちょっとポエマー入っている表現のような気もしますが、日常生活を1冊の本に例えるなら、そうなるかな、と思って。
それらの記憶は、どういうわけか、数年経ったあとでも細部までありありと思い出せます。ふとした瞬間に、急にまざまざと蘇ってきたりもします。
小説を読んでいて、これと似たような感覚を覚えることがあります。特に名文というわけでもないのに、妙に印象に残っている一文だとか。普段は忘れているはずなのに、とある文章がトリガーになって、類縁と思われる文章や、そのとき感じた自分の印象などが蘇ってきたりなど。
ほんのちょっと心を動かされただけでも「しおり」となりうるなら。気づかないうちに、きっと色んなすてきなものが、脳の中に格納されているのでしょうね。

友人の紹介で

Posted By on 2015年2月22日

友人の紹介で、いわゆる【ミリオタ】の人とおしゃべりする機会に恵まれました。軍事関連には不案内なもので、退屈させてしまわないか心配だったのですが、ほとんど聞き手に回ったことが却ってよかったようです。私も興味深くその話を聞くことができました。
戦車の開発秘話だとか、戦争時の笑える(人が傷つかない笑い話です)エピソードだとか、戦車に搭載する砲塔や砲弾の話だとか……。時々質問を挟ませてもらいつつ聞いていたのですが、ちっとも嫌な顔をされませんでした。それどころか、私が初心者だということを加味して、とても簡単に、噛み砕いて説明してくれました。良い人だし、話も面白いし、これは良いご縁に恵まれたなぁ……などと思っていると、今度は私の趣味の話をすることに。いわく、「私ばっかり話していては不公平ですよね」とのこと。
ちなみに、相手は女性です。何かちょっとお見合いっぽいですよねー、なんて冗談を交えながら、好きな小説について思う存分語らせてもらいました。好きなものについて語るのって、やっぱり楽しいです。相づちを打ちながら聞いてくれる人がいるとなおさら。
私からは、時代考証がしっかりしていると評判の歴史小説を。彼女からは、マニア絶賛だという戦記モノをおすすめし合って、おしゃべり終了。とても楽しいひとときでした。また近いうち会う予定でいます。

初対面の人と

Posted By on 2015年2月8日

私と、友人と、今回初めてお会いすることになったAさんの3人で、映画を観に行く機会がありました。人見知りの気がある私は、前日からそれはもうドキドキしていました。何か変なこと言っちゃったらどうしようか、なんて考えても仕方のないことをぐるぐると頭の中で回していました。
いざ会ってみると、Aさんはとても気さくな人でした。気さくすぎて拍子抜けするくらい。やっぱり最初は少しぎこちなかったのですが、似た者同士であることが何となく感じられて、そう気まずくはなりませんでした。
その日のスケジュールは昼食と休憩を1回ずつ挟んで3本の映画を観るというもの。映画館の近くのレストランで、おいしいものを食べながら映画談義をしているうちに、段々と打ち解けることができました。
Aさんは思ったことをズバズバ言ってしまうタイプ。私はその逆。心のなかでウジウジしてしまうタイプ。でも、Aさんの明快な調子のおしゃべりを聞いていると、私も段々気分が高揚してきて、物怖じせずにおしゃべりすることができました。仲立ちの友人が驚くくらい。
次は私の好きな時代小説の映画を観に行こうと約束してお別れとなりました。とても楽しかったです。趣味の仲間って良いものですね。